生まれて間もない赤ちゃんと、お母さんが一緒にいる姿をイメージするとしたら、皆さんはどのような情景を思い浮かべますか。おそらく多くの人が、お母さんに抱っこされている赤ちゃんをイメージするのではないでしょうか。お母さんが赤ちゃんを抱っこすることは自然な育児行動であると同時に、愛情の表現であると言えます。 お母さんに抱っこされている赤ちゃんはその愛情をどのように感じ、心の中では何が起きているのでしょう。イ ギリスの小児科医であり精神医学者でもあったウィニコットは、「ほどよく抱っこされることで赤ちゃんは、急速に情緒的発達を成功させることができます。赤 ちゃんがほどよく抱っこされていれば、人格の基礎がよく築かれます。」と著書(「赤ん坊と母親」岩崎学術出版)の中で述べています。つまり、赤ちゃんはお 母さんに心地よく抱っこされている時に、人間らしい心をぐんぐんと伸ばしており、それがやがて人格の土台になるということです。したがって、赤ちゃんが “ほどよい抱っこ”をしてもらえないと、心の発達にとって好ましくない影響が出ると考えてよいのです。事実、ウィニコットは他の箇所で、「悪い抱っこをす れば、母親の適応の失敗に対して赤ちゃんが反応を起こすので、成熟がくり返し中断される。」と述べています。
ウィニコットの説く“ほどよい抱っ こ”とは、具体的にどのような抱っこをイメージすればよいのでしょう。私は、お母さん自身が抱っこすることを楽しんでいて、赤ちゃんと一緒にいることを幸 せに感じるような抱っこが、“ほどよい抱っこ”ではないかと考えます。しかし、赤ちゃんを抱っこしているお母さんが、必ずしも楽しく明るい気持ちでばかり いるとは限りません。いつまでも泣き止まない赤ちゃんに苛立ちを感じながら抱っこしていることもあるでしょうし、その日の気分によっては、赤ちゃんに笑顔 を向けてあげることが自然にできないこともあるかもしれません。その一方、赤ちゃんはそうしたお母さんの気持ちを敏感に感じながら、常に心の発達を遂げて いるのです。お母さんが明るく温かい気持ちで抱っこしてくれている時には、赤ちゃんの心の芽がすくすくと伸びており、反対にお母さんが暗く沈んだ気持ちで 抱っこしている時には、心の発達も鈍くなると言ってよいでしょう。赤ちゃんは抱っこを通して、お母さんという“環境”が与えてくれる心の栄養を吸収してい るのです。ウィニコットは先の著書の中で、「この環境からの供給はまた、幼児にとって静かではあるが、決定的に重要な自我の支えとなり、身体の組織の活性 や機能的健康ともつながっている。」と述べており、“ほどよい抱っこ”が赤ちゃんや幼い子どもの心身の健康に欠かせないものであることを説いています。
お母さんが赤ちゃんを気持ちよく抱っこするためには、お母さん自身の心の健康を保つことが大切です。赤ちゃんと一緒に気軽に出かけて子育て仲間と話し合え る場や、育児の悩みを聴いてもらえる人を見つけて欲しいと思います。お母さんが赤ちゃんをほどよく抱っこするためには、いろいろな人々のサポートによっ て、お母さんの心がほどよく“抱っこ”されるような社会環境を作ることが大切であると思うのです。