川辺修作_生き残ること

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 子 どもは親にとって可愛いばかりの存在かというと、必ずしもそうではないのかもしれません。例えば、赤ちゃんはお母さんの乳首を噛んだり髪の毛を引っ張った りすることがあります。お母さんが困ったと感じても、言葉のわからない赤ちゃんに「やめなさい」と言ったところで効果はありません。逆にお母さんの声の調 子や表情が硬くなることによって、赤ちゃんが泣き出してしまうかもしれません。おそらくそのような時に、親は子どもにどのように対応したらよいか戸惑うの ではないでしょうか。

 イギリスの小児科医であり精神医学者でもあったウィニコットは、子どもの“攻撃”に 対して親がすべきことはただ一つ、「生き残ること」であると言っています。もちろん、赤ちゃんは攻撃したくて乳首を噛んだり、髪の毛を引っ張ったりしてい るのかはわかりません。もしかしたら、赤ちゃんはお母さんが大好きなので噛むのかもしれませんし、よい感触を楽しみたくて髪の毛を引っ張っているのかもし れません。しかし、お母さんにしてみれば痛みや不快感を覚える赤ちゃんの行為を“攻撃”と感じても自然なことであると言えるでしょう。そうした赤ちゃんの “攻撃”に対して、お母さんが“反撃”を加えたとしたら、赤ちゃんの心にはどのようなことが起きるのでしょうか。噛んでしまった乳首から無理に引き離され たり、髪の毛を触っていた手を振り払われたりしたら、赤ちゃんは自分の行為がお母さんに拒絶されたと感じて、突き放された孤独感やさびしい気持ちを味わう ことになると思うのです。ウィニコットは、そのような時にお母さんが赤ちゃんの目を優しく見つめながら、「あなたが噛むとお母さんは痛い。でもお母さんは 大丈夫。つぎはもっと優しく噛んでね」という気持ちを伝えて攻撃から生き残ってあげたら、赤ちゃんはお母さんに対する愛を感じるようになるだろうと説いて います。

 赤ちゃんに限らず、子どもは時として親を“攻撃”します。抑えきれない怒りや、上手くコントロールできない感情を子どもからぶつ けられることは、おそらくどの親も体験するのではないでしょうか。学童期や思春期でも、子どもが困難を感じているときなどは、やり場のない気持ちを最も身 近な存在である親にぶつけることはよくあります。そのような場合にも、親が「生き残ること」は子どもにとって大きな意味を持つと思います。何年か前に、あ るお母さんが不登校になった子どもさんの相談にみえました。その相談は2年ほど続きましたが、幸いなことに子どもさんは学校に元気に復帰してくれました。 その最後の面接の折にお母さんから、「学校へ行けずに悶々としている子どもを見ると、なぜ行けないのかと子どもを問い詰めたくなる自分を感じましたが、子 どもを追い詰めてはいけない、今日一日子どものために生き残ろうと思って過ごしてきました」という話を聞きました。もしかしたら、子どもは不登校という表 現でコントロールできない気持ちを親にぶつけているのかもしれません。子どもがどのような気持ちを投げつけてきても、反撃したり見放したりすることなく親 が生き残ってあげることによって、子どもは気持ちのバランスを取り戻して成熟への道をたどることができるのだと思うのです。
 

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